「みなし残業」を導入している企業は多く存在します。その内容をきちんと理解している人はどのくらいいるのでしょうか?
「先月は頑張って残業したけど、思ったより残業代が少ないぞ?」
「うちの会社はみなし残業制度だから、何時間残業しても給料は変わらないんだよね。」
このような人は要注意!もしかしたら違法にサービス残業をさせられているかもしれません。
本記事では、みなし残業とはどんな制度か、企業・労働者のメリット・デメリット、労働者が注意すべき点についてお伝えします。
目次
1.みなし残業はどんな制度?
みなし残業には大きく分けて2つの種類があります。
・「固定みなし残業代制」
・「みなし労働時間制」
一般的に、「みなし残業」や「固定残業」という話があがる場合は、「固定みなし残業代制」のことを指すことが多いです。そのため、本記事では「固定みなし残業代制」について説明いたします。
※「みなし労働時間制」については文末で補足説明いたします。
2.固定みなし残業代制とは?
(1)固定みなし残業代制とは?
「固定みなし残業代制」とは、一定の残業時間を想定し、残業代が固定給にあらかじめ含まれている労働契約のことです。本来、残業代は法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて働いた時間に応じて支払うものと労働基準法で定められています。しかし、企業は一定の条件を満たすことで、「固定みなし残業代制」の制度を設けることができます。
(2)固定みなし残業に上限はあるの?
固定みなし残業時間は、36協定で定められた基準と同様です。36協定では原則1ヶ月間に45時間、年間で360時間(対象期間が3ヶ月を超える1年単位の変形労働時間制の場合は1ヶ月42時間、年間で320時間)という上限が定められています。一方で、36協定には「特別条項」があり、繁忙期や想定外の業務などで45時間を超える残業が発生する場合は、事前に労使協定を結ぶことで、1年の半分(6ヶ月)までは月45時間の条件を超えることができます。
また、2018年6月29日に成立された「働き方改革関連法」で、「時間外労働の上限は年720時間(=月平均60時間)に、単月でも100時間まで」という内容が労働基準法に追加されました。それを超える残業は違反となり、企業は罰則の対象となります。
(3)固定みなし時間と実労働時間に差があるときは?
例えば、給与に「40時間分」の残業代が含まれている場合、残業時間がそれに満たなかったときは、不足した時間分働かないといけないのでしょうか?
また、40時間を超過してしまった場合は、不足分の残業代は支払われるのでしょうか?
固定みなし時間 < 実労働時間の場合
企業は固定みなし時間を超えた時間分の残業代を追加で支払う必要があります。企業は固定みなし残業代を払っていることを理由に何時間でも働かせてよいわけではなく、超過分は別途残業代を支払う義務があります。
固定みなし時間 > 実労働時間の場合
実労働時間がみなし時間に満たない場合でも、固定みなし残業代を全額支払う必要があります。企業は固定みなし残業代を減額することはできません。
3.違法な固定残業代を見分ける8つのポイント
企業としては、「固定みなし残業代制」を利用すると、人件費が予測しやすく、給与計算が楽になるメリットがあります。しかし、企業によっては「固定残業代」を悪用し、固定残業以上の残業をしても残業代を払わないケースもあります。
もし、会社の規則や自分の給与が「あやしいな?」と思ったら、次のポイントに当てはまるものがないかチェックしてみましょう。
(1)固定残業代の内訳が明確にされていない
基本給と固定残業代の項目が分けられていない、固定残業代の内訳(みなし時間と金額)が不明確な場合は気を付けましょう。
(2)固定みなし残業超過分の割増賃金が支給されない
固定みなし残業時間を超える残業をした場合、超過時間分の割増賃金が支払われない場合は違法です。
(3)固定みなし残業時間に満たない場合に固定残業代が支給されない
実際の労働時間が固定みなし残業時間に満たない場合でも、固定残業代は支払われなければなりません。もし「残業時間が足りないから」という理由で残業代がカットされるようであれば違法です。
(4)基本給が会社所在地の最低賃金法の規定を下回っている
最低賃金法とは、使用者が労働者に対して支払う給与の最低額を定めた法律のことです。各都道府県ごとにその額が定められています。月給のうち、固定みなし残業を除いた給与があまりに少ない場合、会社の所在地の最低賃金を下回っている可能性があります。気づかぬままに正当な給与を支払われていなかったというケースも発生しているため、最低賃金を下回っているかどうかを確認してみましょう。
(支給金額-みなし残業代)÷月の所定労働時間=あなたの時給
⇒都道府県の最低賃金を下回っていたら違法となる。
<岡山県の例>
月給18万(みなし残業6万含む)、所定労働時間1日8時間×20日の場合
(18万-6万)÷160時間=750円
⇒岡山県の最低賃金は「781円」(H30.10.1現在)のため違法となる。
⇒広島県の最低賃金は「844円」(H30.10.1現在)のため違法となる。
最低賃金を下回る給与を支給されていた場合は、企業に差額を請求する必要があります。差額が支払われなかった場合は、専門家(労基局や弁護士など)に相談をすることをおすすめします。
(5)固定みなし残業時間が異常に長い
36協定には、通常の労働制であれば月45時間(年360時間)、変形労働時間制では月42時間(年320時間)という残業時間の上限があり、それを超える場合は「特別条項」が必要になります。その基準を超えるみなし時間の設定は違法の可能性があります。
(6)就業規則がない、確認させてもらえない
従業員10名以上の企業は就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出る義務があります。また、就業規則は従業員がいつでも確認できる状態でなければなりません。もし会社に頼んでも確認ができないようなら、従業員が不利益になるような後ろめたいことがあるのかもしれません。
(7)知らないうちに就業規則や給与規定が改定されている
従業員の知らないうちに、給与規定を会社にとって都合の良い内容に変えてしまう場合があります。例えば、「いままで残業時間分の割増賃金が支払われていたのに、いつの間にか固定残業代に変わっていた」というケースです。労働者の合意を得ずに、従業員に不利益となる就業規則の変更は原則できません。
(8)名ばかり管理職、名ばかり社長(役員)として働かせている
労働基準法41条2項にある「管理監督者には残業代を払わなくてよい」という法律があります。さらに言うと、社長や役員は労働基準法の適用外です。この法律を悪用して社員に名ばかりの肩書を与え、残業代を払わずに働かせることがあります。
4.固定みなし残業で不足した違法な残業代は取り返せるの?
違法な残業については未払いの残業代を請求することができます。ただし、残業代請求の時効は2年と決められています。また、請求のためには残業があったという証拠を用意する必要もあります。この請求は退職後でも可能なため、もし未払いの残業代を請求したいと考えている場合は、日頃から可能な限り証拠は集めておきましょう。
<証拠となるもの>
・雇用されたときの書類(雇用契約書や労働契約書など)
・就業規則、給与規定のコピー
・給与明細
・労働時間が分かる資料
→出勤簿、タイムカード、業務日報、業務用メールアカウントの送受信記録履歴、
帰宅時のタクシーの領収書など
・残業時間中の労働内容を立証する資料
→残業指示書や残業承諾書、残業中の業務内容が分かる書面
〈証拠となるものがない場合〉
労働基準法第109条に「使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を三年間保存しなければならない。」と定められています。つまり、「労働時間の管理は使用者の義務」であり、「労働時間の記録を3年間保存するのも使用者の義務」ということです。
企業は、下記のことを行う必要があります。
・労働時間を適正に管理するため、労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、記録すること
・始業・終業時刻の確認、記録は、原則として、【使用者が自ら現認して】、【タイムカード等の客観的な記録を基盤として】確認、記録すること
・自己申告制により行わざるをえない場合には、【適正な自己申告等について労働者に十分説明して】、【自己申告と実際の労働時間とが合致しているか、必要に応じて実態調査を行う】等の措置を講じること
したがって、従業員は証拠がない場合、企業に証拠を出してもらいましょう。基本的には弁護士や社会保険労務士を通して残業の証拠となる書類を見せてもらうよう請求できます。ただ、残業代の支払いは企業にとって都合が悪いため持っていない、何らかの事情で開示を拒否することもあります。企業が証拠を隠し通そうとする場合は証拠保全手続きを行って下さい。
よくある問題として、労働時間が分かる資料については、会社の指示で実際の労働時間を記録させてもらえなかったり、会社によってデータを改ざんされていることがあります。例えば「残業するときはタイムカードを定時で打刻するように指示された。」「出勤簿は退出時間を記載せずに提出するように指示された。」というケースです。このような事実も「違法」を裏付ける証拠となります。会社が管理している勤怠記録以外にも、自分で実際の労働時間を記録しておきましょう。最近では弁護士が監修した残業を記録するための無料アプリも配布されています。
残業時間を記録できる無料アプリ
「残業証明アプリ」
「残業証拠レコーダー」
<企業への請求の方法>
・自分で会社に直接請求する
・労働基準監督署に申告する
・通常訴訟で請求する
・労働審判で請求する
5.転職前に求人票・労働条件通知書で確認すべきポイント
転職するときは、みなし残業でトラブルに合わないために、みなし残業制度の導入の有無、就業規則に違法性がないかを確認しましょう。ただし、入社前は就業規則を開示する義務が企業にはないため、詳細を確認することができないこともあります。面接時や入社承諾前には労働条件を隅々まで確認して、不明な点があれば会社に確認しましょう。口頭か、メールなどで確認をするのが好ましいです。特にメールであれば証拠が残りますのでトラブルを避けることができます。ここで詳細を教えてくれない、言葉を濁す企業であれば、もしかしたら従業員に違法な残業をさせているのかもしれません。
【求人票・労働条件通知書のチェックポイント】
(1)労働契約の期間
(2)労働契約を更新する場合の基準
(3)就業の場所および従事すべき業務
(4)始業および終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇 など
(5)賃金の決定、計算および支払の方法 など
(6)退職に関する事項
6.まとめ
みなし残業は正しく運用されれば、企業にとっても労働者にとってもメリットのある制度です。しかし、現状では企業によって悪用され、労働者が気付かないうちに不利益を被ってしまうという問題が後を絶ちません。このような問題を回避するためにも、本記事を参考に、いま一度あなたの労働契約条件や会社の就業規則を見直してみることをオススメします。もし、長時間労働や残業代の未払いなどのトラブルに巻き込まれた場合は、泣き寝入りせず、解決に向けての行動を起こしましょう。
【補足】みなし労働時間制とは?
記事本文で取り上げた「固定みなし残業」は一定の残業時間を想定し、残業代をあらかじめ固定給に含ませますが、定めた一定の時間分を超えた残業に対しては追加で残業代を支払う必要があります。
しかし、「みなし労働時間制」では、実際の労働時間に関わらず「みなし時間」が賃金支払いの対象となるため、残業代は一律となり、追加の残業代も支払われません。
また、「みなし労働時間制」には、次の2つの種類があります。
「事業場外みなし労働時間制」
営業や記者など、基本的に社外で働き、使用者が労働時間を把握するのが難しい職種が対象
「裁量労働制」(2種類)
・専門業務型裁量労働制
業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段および時間配分の決定などに関して使用者が具体的な指示をすることが困難な業務の職種が対象。
・企画業務型裁量労働制
事業の運営に直接影響するような企画・立案・調査・分析などの仕事が対象。
裁量労働制についての記事はこちら
裁量労働制は自由な働き方なのか?裁量労働制に合う職種と合わない職種
みなし労働時間制で注意しなければならないのは、みなし時間が法定労働時間(1日8時間)を超える場合は、あらかじめ36協定を結ぶ必要があり、超えた時間分の割増賃金を支払わなければなりません。また、休日・夜間労働についても同様に割増賃金が発生します。
(例)
・みなし時間が10時間の場合、法定労働時間の8時間を超えた2時間分は割増賃金を支給する。
・みなし時間が8時間で休日出勤を5時間した場合、みなし時間分働いたとみなし、8時間分の休日手当を支給する。