「生涯現役社会」「人生100年時代」と言われる現代において、定年後も働き続けたいと考える会社員は少なくありません。政府が企業の継続雇用年齢の引き上げを検討していますが、企業や労働者にはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。また、老後も働き続けることで、老後に受け取れる厚生年金にどのような影響があるのかを解説します。
目次
1.継続雇用を70歳に引き上げ。政府のねらいは?
今年10月、政府は企業の継続雇用年齢を現在の65歳から70歳に引き上げるという方針を示しました。少子高齢化により生産年齢人口が減少する中、高齢者が長く働ける環境を整えることで、人手不足の解消と、年金制度の安定を図ろうというねらいです。なお、この関連法の改正案は2020年の通常国会に提出される予定です。
(1)高齢者雇用の現状
現在、高年齢者雇用安定法では、企業の高齢者雇用について、次の3つのいずれかの措置を義務付けています。
・65歳まで定年年齢を引き上げ
・希望者全員を対象とする、65歳までの「継続雇用制度」を導入
・定年制の廃止
2つ目の「継続雇用制度」とは、すでに雇用している労働者が定年を迎えたときに、定年後も引き続き雇用する制度のことです。制度には次の2種類があります。
・再雇用制度…定年でいったん退職とし、新たに雇用契約を結ぶこと
・勤務延長制度…定年で退職とせず、引き続き雇用を続けること
ただし、継続雇用制度を導入する場合は、希望者全員を対象としなければなりません。
これらの義務について、企業は「定年の引き上げや定年制の廃止は人件費の増加になる」という理由から、継続雇用制度を選ぶケースが多いのが現状です。
【参考】
読売ONLINE「企業の継続雇用「70歳に引き上げ」首相が表明」(最終閲覧2018年10月23日)
厚生労働省「高齢者の雇用」(最終閲覧2018年10月23日)
2.定年後も働きたい高齢者はどのくらいいるの?
日本では、働きたい高齢者が増えています。内閣府が35~64歳の男女を対象に、60歳以降の就労希望年齢を調査したところ、「65歳を超えて働きたい」と回答した人は約5割を占め、そのうち「70歳くらいまで」と回答した人が20.9%、「働けるうちはいつまでも」と回答した人は25.7%という結果となりました。
また、働きたいと回答した人の理由を見ると、60~64歳までは「生活の糧を得るため」が最も多いですが、65~69歳では「健康にいいから」「いきがい、社会参加のため」といった理由が「生活の糧を得るため」とほぼ同じ割合に増えています。
65歳以上の働く理由が変化しているのは、現在の年金の受給年齢が65歳からとなっていることが関係していると推測できます。そのため、もし今後、年金の受給年齢が70歳以上に変更になれば、「生活のために働きたい」という高齢者が増えることが予想されます。
このことからも、定年退職後は「年金と退職金でのんびりセカンドライフを送る」という人生設計が当たり前の時代は終わり、私たちは新しい「セカンドライフ」の在り方を考えていく必要があるようです。
【参考】
職業安定分科会雇用保険部会(第104回)「高年齢者雇用の現状について」,平成27年9月(最終閲覧2018年10月31日)
【関連記事】あなたは何歳まで働く?人生100年時代における高齢者の働き方は
3.70歳まで働くことのメリット・デメリット
定年後も70歳まで働ける仕組みができると、労働者にはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか?
<労働者のメリット>
・年金を受給するまでの間、収入を確保できる。
・年金以外にも収入が得られる。
・健康維持や生きがいにつながる。
<労働者のデメリット>
・給料が下がるケースが多い。
・給与額によっては年金がカットされる可能性がある。
労働者にとっては、年金以外に老後の生活費を確保できるということが一番のメリットと言えるでしょう。また、定年後も働き続けることで健康維持や生きがいにもつながります。しかし、定年後も収入があることで、年金の受け取りにデメリットが生じる可能性があります。この問題については、次項で解説していきます。
3.老後も働く場合、年金はどうなるの?
定年退職の話と切っても切り離せないのが「年金」の問題です。そもそも年金とはどのような制度なのでしょうか。また、今まで保険料を支払ってきた「厚生年金」は、老後も働き続けることでどのようになるのでしょうか?
(1)国民年金と厚生年金の違い
年金には「国民年金(基礎年金)」と「厚生年金」の2種類があります。
国民年金は、20歳から60歳のすべての国民に加入義務がある、公的年金制度です。保険料は本人の収入に関わらず一律ですが、受給できる年金額については、加入期間が40年未満の場合は満額受け取れず、加入期間に応じて減額されます。
厚生年金は、会社員や公務員など「常時使用されている」と認められる人が加入する年金制度です。厚生年金は国民年金に上乗せされて給付されます。保険料は半額を雇用主が、半額を加入者本人が負担します。受給できる年金額は、加入期間や保険料の額によって決まります。
(2)受け取れる年金の種類
国民年金、厚生年金は、さらに「老齢年金」「障害年金」「遺族年金」の3種類に分類されます。一般的に「年金=老後に受け取るもの」と認識されることが多いですが、実際はその人の生活状況に合わせていずれかを選択することになります。
今回はこのうち、会社員や公務員が老後に受給する「老齢厚生年金」について解説します。
(3)老齢厚生年金の保険料支払いと受給時期
現行制度では、老齢厚生年金は定年退職時に保険料を払い終え、65歳(※1)から老齢基礎年金と合わせて受給できることになっています。ただし、60歳~64歳までは、月々の年金額は減りますが「繰り上げ受給」も可能です。
しかし、あなたが定年退職も働き続ける場合、企業に雇用されている間は保険料の支払いを続ける必要があります。(厚生年金の加入条件を満たす雇用形態の場合に限る)厚生年金の加入は法律で70歳までと決められているため、70歳まで働き続ける場合は保険料の支払いも70歳まで続きます。
年金の受給については、保険料の支払いと並行して、老齢厚生年金を「在職老齢年金」として受給することになります。受け取れる年金額は、年齢が60~64歳までと65歳以上では計算方法が異なります。
<60歳~64歳まで働く場合>
基本月額と総報酬月額の合計額が28万円を超えると、年金の一部または全額停止。
<65歳以降も働く場合>
基本月額と総報酬月額の合計額が46万円を超えると、年金の一部または全額停止。
労働者のデメリットで挙げた「老後も働く場合、厚生年金がカットされる」という問題はこのことです。年金額には「年齢」と「基本月額と総報酬月額の合計額」が影響するため、年金を満額受給したい場合は働き方に注意が必要です。
ちなみに、年金が受給できる65歳時点では年金を請求せず、66歳~70歳まで年金の受け取りを先延ばしする「繰り下げ受給」も選択が可能です。現行制度では、受給開始の時期を1ヶ月遅らせるごとに、年金額が0.7%ずつ上乗せされる仕組みになっています。
(※1)男性…昭和36年4月2日以降、女性…昭和41年4月2日以降に生まれた人が対象。生まれた年や性別によって、老齢年金の受給開始年齢は異なる。
【参考】
日本年金機構 ホームページ(最終閲覧2018年10月30日)
一般財団法人年金住宅福祉協会「くらしすと」(最終閲覧2018年10月30日)
(4)年金制度の今後
現状では、国民年金・厚生年金ともに受給年齢は65歳からとなっていますが、雇用年齢の引き上げが実現すれば、今後、年金の受給年齢も70歳まで引き上げられる可能性が高いと言えます。
その理由の一つとして「日本の平均寿命の長さ」が挙げられます。世界各国の平均寿命を見ると、2017年の時点で日本は女性が2位で87.26歳、男性が3位で81.09歳という結果が出ています。
そして、もう一つの理由に「世界各国の年金受給年齢の引き上げ」があります。世界各国の年金受給年齢は現状では日本と大差ありませんが、今後、多くの国で年齢の引き上げが決定しています。一部の国を平均寿命が長い順にご紹介します。
スペイン
平均寿命 男性 80.3歳 / 女性 85.7歳
受給年齢 現状65歳2ヶ月 / 2027年までに67歳に引き上げ
オーストラリア
平均寿命 男性 81.0歳 / 女性 84.8歳
受給年齢 現状65歳 / 2023年までに67歳に引き上げ
アイルランド
平均寿命 男性 79.7歳 / 女性 83.4歳
受給年齢 現状66歳 / 2021年までに67歳に、2028年までに68歳に引き上げ
オランダ
平均寿命 男性 80.0歳 / 女性 83.2歳
受給年齢 現状65歳2ヶ月 / 2023年までに67歳に引き上げ
ドイツ
平均寿命 男性 78.7歳 / 女性 83.3歳
受給年齢 現状65歳3ヶ月 / 1965年以前に生まれた人は、2029年までに67歳に引き上げ
アメリカ
平均寿命 男性 76.0歳 / 女性 81.0歳
受給年齢 現状66歳 / 2027年までに67歳に引き上げ
【参考】
日本年金機構「主要各国の年金制度」(最終閲覧2018年10月31日)
企業年金連合会「いつから老齢年金が受給できるのか」(最終閲覧2018年10月31日)
MEMORVA「世界の平均寿命ランキング・男女国別順位、WHO 2018年版」(最終閲覧2018年10月31日)
5.まとめ
定年後も70歳まで働き続けることは、日本の平均寿命が年々伸びていることや世界各国の状況から見ても妥当な流れと言えます。しかし、年金に関しては、これからどのように制度が変わっていくかが不明確なため、老後の生活に不安を抱える人も多いと思います。
そんな中で、いま私たちにできるのは、老後のために日々健康管理を行い、健康寿命を伸ばすこと、そして、いくつになっても働き続けることができるように、今後のキャリアを考え、知識や能力、経験を蓄積しておくということです。もちろん、老後のための貯金も忘れずに…。
人生100年時代、老後を心身ともに豊かに過ごすためにも、今からしっかり準備をしておきましょう。